海外生活コラム

コロナが猛威を振るっていた時、国をまたぐ移動はどうだったのか?

今ではほとんど制限がなくなりましたが、新型コロナウイルス(国際基準では「COVID-19」と言います)が猛威を振るっていた数年間は人の往来が厳しく制限されていました。その時代、国をまたぐ移動をする際には大変な苦労があったものです。

今回はそんな歴史の授業のような投稿です。

多くの国が鎖国を行っていた時代(2020~2021年前半)

新型コロナウイルスが発覚して、瞬く間に蔓延したのは2020年前半の出来事です。多くの国が自国民以外の受け入れを認めない措置を取りました。これにより日本に働きに来ていた外国人は、一目散に自国へ帰国することになりました。例を挙げれば、学校にいるALTの先生などもそれに当たります。

当時、管理人はカナダから来ていたALTの先生と付き合っていました。このブログでも大変お世話になった、カナダ・サスカトゥーン出身、在住の女性です。彼女の同僚が次々と雇用契約を破棄して帰国する中、彼女は契約満了まで帰国しないことを選んでくれました。その選択のおかげで、彼女の帰国日前日まで一緒に過ごすことができました。

2020年8月18日、管理人の彼女であったカナダ人女性は日本を離れました。当時カナダ政府はカナダ国民以外の入国を決して認めない措置を取っていました。管理人は彼女を追いかけたかったのですが、それは当時不可能な選択でした。

ここからは、彼女が語ってくれた帰国への軌跡です。

多くの日本人は知らない、コロナ禍での帰国

彼女の帰国便の日時はもともと前日の8月17日でした。それがフライトの数週間前に、いきなり翌日に変更されたのです。詳細は未だ不明ですが、おそらくコロナ禍による減便の影響が出たものと思われます。

ですがこの変更は前もってお知らせされていたので、対応策は取ることができました。1日帰国が遅れた分、日本国内で1泊することで事なきを得ました。

彼女は予定通り、8月18日の便でカナダ・バンクーバーに飛びました。

バンクーバーでの予期せぬ欠航

彼女のフライトは「東京⇒バンクーバー⇒サスカトゥーン」です。当初の予定では8月18日(日本出国日同日)に、サスカトゥーンまで辿り着けるフライトスケジュールでした。

ですが、この「バンクーバー⇒サスカトゥーン」便がいきなりキャンセルされたというのです。これも詳細は説明されず、おそらくコロナ禍による欠航だろうとのことです。代替フライトは翌日に手配されました。

しかし航空会社100%責任のキャンセルにもかかわらず、放り出された乗客予定者たちのへの対応は酷いものでした。滞在用ホテルも手配されず、温かい食事すら提供されなかったようです。ほんのわずかな携帯食の提供のみで、フライトまでの長時間を空港内の固いベンチで過ごさざるを得なかったようです。

海外からの帰国者は国内在住者と接触禁止

翌日のフライトで彼女はようやく目的地のサスカトゥーン空港に到着しました。ですが、ここからもまだ規制措置が続きます。

「海外からの帰国者は国内在住者と接触禁止」

日本でも一時期ありましたよね?空港から公共交通機関を使って帰宅するのが禁止されていた時期が。カナダでも同じような措置が取られていたそうです。

幸か不幸か、彼女の実家は公共交通機関では帰れない場所にあります。自家用車で帰宅する必要があります。しかし彼女はその日1年ぶりに帰国したのです。どうやって自家用車で帰宅するのでしょうか?1年間空港に自家用車を置きっぱなしにしているわけがありません。「国内在住者と接触禁止」措置が取られている以上、家族が空港に迎えに来て一緒に帰宅するわけにもいきません。そんな状況の中、彼女が取った方法はこうです。

  1. 実家からサスカトゥーン空港まで、自分の車(彼女がもともと日本に来る前から所持していた車)を弟に運転してきてもらう
  2. 彼女が空港に着いてその車に乗る準備ができたら、弟に電話する
  3. 弟は車のキーを付けっぱなしにして、車の様子を見ながら離れていく
  4. 弟は遠くから、彼女が車に乗るまで見届ける
  5. 彼女が車に乗り込んだのを確認したら、弟は別の手段で帰宅する
  6. 彼女はその車を自分で運転して実家へ帰る

そうです、「鍵を手渡す」ことすらできないのです。その行為が「接触」に含まれてしまいますから。車が盗まれないよう見守りながら、姉に車を渡すという方法を取るしかありませんでした。1年ぶりの姉弟の再会を喜ぶことすらできなかったのです。この方法を使い、彼女は実家への帰宅手段を入手できました。ちなみに弟はサスカトゥーン市内に部屋を借りているので、友人の力を借りてその部屋に戻ることができました。

こうして彼女はサスカトゥーンから2時間ほど離れた実家へ、誰とも接触することなく自分の車で帰ることができたのです。

しかし、コロナ禍の規制措置はまだ終わりません。

自宅内隔離

この時点で、コロナワクチンは開発されていませんでした。当然地球上の誰も予防接種をしていない状態です。ですので、感染疑いのある者は他人に接触してはいけません。しかし日本出発前にカナダのアパートを引き払っていた彼女は実家に帰るしかありません。家族と共に住む実家で、一体どうやって自宅隔離をするつもりなのでしょうか?日本出国前に彼女に聞いてみました。

実家にはトイレ・シャワーが2つあるから、1つを私専用にする。食事はお母さんに部屋の前に運んでもらって、部屋でNetflixでも見て過ごすよ。2週間くらいならそれでなんとかなりそう。むしろ超VIP待遇じゃない?」

Google map上で彼女の実家を見せてもらいました。彼女の実家は一軒家で、数百mの範囲内にはご近所さんは誰もいません。広大な国土面積を誇るカナダの田舎だからこその人口密度です。彼女の帰宅により感染する可能性のあるご近所さんは誰一人としていません。気をつけるのは家族内感染のみです。

この効果があるんだかないんだかよくわからない自宅内隔離を2週間続け、彼女は晴れて自由の身になれました。結果彼女は感染しておらず、家族も全員無事だったそうです。

何も恐れることがなくなったことで、再び彼女はサスカトゥーンで一人暮らしを始めました。仕事も見つけ、生まれ育ったカナダで通常の生活に戻ることができたのです。相変わらずコロナ感染のリスクは抱えたままでしたが。

まとめ

当時海外旅行には誰も行けなかったと思いますが、この状況下で国をまたぐ移動をせざるを得なかった人はそれこそ、ほんの一握りだったのではないでしょうか?どの国も手探り状態で防疫措置を取っていたため、効果が疑わしい措置でもせざるを得なかったのでしょう。そのせいで度重なるフライトスケジュールの変更なども起きたと思われます。

今回は歴史の授業のような投稿になりました。

次回は少し時代が進み、PCR検査の陰性証明者があれば移動できた頃の話をしようと思います。

 

それではまた!

 

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